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2025年12月4日木曜日

最近のこと

朝の散歩にて もくもく

 毎日制作しながら、今のこと、先のことを日々考えています。ありがたいことに、来年も展示の予定がいろいろあって、おそらく、数珠繋ぎのように制作が続いていくのだと思うのですが、夏にあるある個展のことを開催が決まってから、ずっとそのことを考えています。

展示をさせてもらうお店は、ほんとにスタンスもそれぞれで、展示設置はお店の方がしたり、または私がお店の方と一緒にしたり、最近、在廊は一部の日にちのみで、ほとんどはお店にお任せする場合が多いのですが、夏にさせてもらう個展は、搬入、設置、全日在廊、購入の場合は梱包もして、宣伝や、並べるのもおそらくわたしが主体となってさせてもらいます。

最近の展示ではあまりないことで、お店やギャラリーから展示の依頼がある場合、新しくつくるものは、ほとんど意図せずとも、お店やギャラリーの意向に沿うようなものを想像してつくることがほとんどです。

ですが、夏の展示はどういったコンセプトを持って展示をする等、おそらく自分が主体となって考えなくてはなりません。

展示スペースもそこそこあり、グループ展も考えましたが、多分、そうなると展示自体がボヤけてしまうと思い、個展をさせてもらうことにしました。

なので、壁を埋めるには、、とか、毎日あれこれ考えていますが、そういえば、ウン十年前に木の制作をはじめた頃は、展示のことなどは全く考えもせずに闇雲に自分の持ち味を探りつつつくっていました。

工程は違いますが、なんとなくその頃に始めた手探りに進めていた頃の時と少し似てるかもと思いました。はじめたころは根性だけでつくっていて、良し悪しに関わらず、思いばっかりが強いもので、現在はあのころの心情では到底つくることはできません。

でも、あれこれ試行錯誤したなかから、なんとかカタチにしようという思いみたいなものがちょっと蘇ってきてる感じがして、不安しかありませんが、今からあれこれ思案して、いい展示ができたらと思ってます。

来年の夏、どうぞみなさまお楽しみにお待ちください。

(とか言うとる)






2023年10月3日火曜日

ぽっ


 大きい器を再び(というか5たびくらい)つくっています。

大きい作品をつくってると、つくりながら頭の中で次の過程を辿っているからか、つくる上での観念みたいなものがぽっと浮かんできたりします。

今回は、「汚れみたいなものは【綺麗】の基準があってはじめてなりうるもの」でした。

いつも、やりたい表現や目論みみたいなものを考えながら制作していて、でも、やりたいと思っていたものと違い、ギャップやうまくいかないことも多く、その中でもそれを失敗とだけ捉えず、そこから面白いところが必ずひそんでいて、そのとっかかりを広げてよく表現のひとつにしています。思っていたものが結果、汚れたようなものになってしまたりしても、そこに枠組みをつくるとテクスチャのひとつになって、逆に特徴的なものになったりもします。

でも、その「汚れ」とか、「失敗」とかそういうもの自体がそれぞれの概念として捉えられていて、例えば、それを別の人から見れば魅力とか肯定的な面で捉えられたりすることも結構あり、

昨今のニュースひとつとっても、本来は多面的な要素があるにも関わらず、何が本意でなにが真実かをひとつの世の中の共通認識として捉えようとする流れがある気がして、(おそらく、私も含めて納得することで生活する上での常識上の安心感を得たいのだと思うのだけど)


話が逸れましたが、そのあたりの基準みたいなものは自分ではブレないようにと心に留めていても、周りの雰囲気だったり、時流などで知らず知らずに変わっていってるんだろうなぁと思いました。

もしかしたら、あまりにも「綺麗」とか、「整っている」ものみたいに照準を合わせすぎると、なにが本来したかったこととか、発見して喜べるものとかを知らず知らずに見逃しているのかもしれないなぁと思った次第です。

どちらかというと、綺麗だとかそういうものよりも、「ワクワクするもの」とか「ゾワゾワするもの」の方にできるだけ自分の目みたいなものを向けていきたいなぁと思いました。

なんだかわたしの目指すものはオノマトペぽくなるなぁ


とかなんとか



おわり


2023年8月7日月曜日

暑いですね

結果こうしました。
後にもいろいろまたやらかしました。

 ここまで毎日天気が良いと思わず出かけたくなる気持ちにもなりますが、この猛暑の中、もし出かけると言ったって何をするんだと考えて、世の中の人たちは何をしに出かけてるんだろうと思いながら、そんな人たちに微妙な羨望を抱きつつ、毎日工房で制作してます。

そういえば夏は毎年こんな気持ちでつくってるなぁと思います。

暑いことにかこつけて、つくることも間延び感が否めません。
でもまぁそれもよしとします。





2023年4月2日日曜日

恒例




最近では半年に一回の恒例になりました大洞山に登ってきました。
前回は迷いに迷って引き返したので、今回は逆に回って確かめながら登りました。
どうしてもちょっとコースをはずれるところもあり、急坂をお尻で滑り降りるところもありましたが無事周回出来ました。
いつも頂上で食べるために寄るお気に入りのパン屋さんがあるのですが、閉まっており、
諦めて道の駅で海苔巻きを買っていったのですが、車で登る途中で偶然にパン屋さんを発見して、頂上でめでたくとてもおいしいパンを食べることができました。

いつもより登山者が多かったなあ。

とてもいい天気でした。






 

2022年9月15日木曜日

作為と無作為





日々、個展に向けて絵を描いています。
個展は定番に加えて、新作をつくるべく、新しい図案・テクスチャなど探ったりする機会でもあります。
主に食器なので、絵と図案の間をいくイメージで描いているのですが、
作業している中で、途中経過のものが、キラリと光っていたりします。われながら書のようにかっこよくて、美しいシルエットなのですが、それはあくまで作業の途中なので、悲しいかなそれを取り除くことをしないといけません。かっこよく描かれた線はおのずとパワーダウンして、いつもの自分がやろうとした線に落ち着きます。

そこから、あの作業途中の感じを最後に遂げたらと思い画策しながらやってみるのですが、案の定、作為感満載の線ができあがります。
わかってはいるのですが、その中でそれと並行して、無作為でやった作業途中のものがころんと置いてあり、そちらのほうが断然かっこいい顔をしているのであります。

あぁ、むずかしいむずかしい。
作業は続きます。

 





2022年5月24日火曜日

西の旅


岡山のギャラリー栂に行ってきました。
22年ギャラリーを運営されており、オーナーの方は「やりたいことしかしていないので、まだまだわからないことがたくさん」とおっしゃられていましたが、やはり、長く運営されてるだけに鋭い角度にサクッと入る言葉をもらいました。

「宮内さんはつくりが9割だけど、それを纏めて10割にする力がある」
とな。
なるほど。力技みたいな気持ちでいろいろやってきたけど、そういうことか、と思い入りました。



ギャラリー栂は、5年前、オーナーの息子さんがお蕎麦屋を併設され、開店前からお客さんが並んでおり盛況な様子でした。鴨せいろがとてもおいしかったです。
少し先になりますが、ギャラリー栂で個展をさせてもらうことになりました。
ギャラリー内、撮るのを忘れてしまった。




ボウルと小鉢

岡山、牛窓にあるsajiya studioにお渡ししてきました。お店の他に、さかいあつしさんとかよさんご夫妻で匙屋という屋号で主に匙をつくられている作家さんでもあります。
昨年からスープボウルの依頼があり、わたしにしてはシンプルな味付けの深めの器をつくっています。
 この方々もいろんなものを見てこられた人たち。わかるようなわからないようなアドバイスを今回ももらってきました。こういうものがなんとなく躊躇してたものを少し後押ししてくれてたりします。
いろいろ加味しながらこれからも新しいものをつくれたらと思ってます。

あと、フィールドオブクラフト倉敷に友人の革の坂田さんが出展されてるので、ひやかしに行ってきました。
こちらもいろんなつくり手の方とたくさんお話ししたりして、
みんな、半分笑って半分泣きながらいろいろ抱えつつも藪漕いでるなーと頭の中でグルグルしながら、帰途につきました。
実にたくさんの縁があった旅でした。ありがとう。

よし。わたしものらりくらりと藪を漕いでいこう。





2020年4月7日火曜日

若葉屋個展延期のお知らせ

5月15日からとお伝えしておりました若葉屋さんでの個展ですが、
6月19日(金)からに延期になりました。
また、個展の中で行われる予定のオーダー会も延期になります。
もし、なんとなくご予定されている方などいらっしゃいましたら、
どうぞご了承くださいませ。

若葉屋さんとも是非やりたいという風に話しているのですが、
こればっかりは状況的にどうなるかわからないところなので、
できるだけいろいろ考えて、また決定などしましたら、
こちらやSNSでお知らせいたします。




家の前に桜が見えます。満開。
わたしは普段とあまり変わらず、引きこもって制作をしているので、日々に特段の変化はないのですが、ネットやテレビから入ってくる様々な情報に戸惑ったり、落ち込んだり、そんな中でもちょっとホッとしたり、嬉しかったり、ちいさな波線の中で暮らしています。


昨日、インスタグラムのライブ配信で、ヤバイTシャツ屋さんの寿司くんが、ものつくりの現場そのものを流しているのを見つけて、すごくその様が面白かったのです(あの、「うちで踊ろう」をヤバT仕様にしてた)。
こういう時だからこそ、お金になるとか関係なく、つくることを面白がれている状況にとても心が躍りました。
いろいろな危機感は本当に大事だけど、必要あるないに関わらず、「だけれど、でも、ものをつくる」ということを言葉ではないところで考えた時間でした。

家の庭先のこごみ


どうぞ、皆様も、大事にお過ごしくださいますように。

それぞれ気を付けてがんばろう。



2018年8月30日木曜日

ひとりごと2



新しく見つけた最初のものや、見つけ出てきたものにはちゃんとエネルギーがあって伝わるものがあるということは前述にも書きましたが、たくさん同じものをつくり続けるということも、意識の持っていき方で、研鑽されていき、仕事も早くなり、少しづつ洗練されていくものです。それで、どうしたらうまく伝わるか、思った通りの表現になるかなど考えながらつくっていくと、私の場合はいわゆる「上手」になっていくような気がします。
そのことは全然悪いことでないのもわかるのですが、それと同時に、同じものをコピーしていく毎に「これで良し」としてしまっていないか、と、常に感じています。

モノを作るようになってから、他の方がつくった気に入った器など購入するようになり、日常で使うことも多いのですが、恐らく、高価なものではないので、数はつくられたりすると思うのですが、こう、きちんとモノに匂い立つものがあるのはなんでだろうと思わせる器があったりします。

絵でも器でもなんでも、つくることはさておき、やはり「生き方」みたいなものがものに宿るのかなあ。
自分がかっこつけてるとこも案外作ってるものに乗っかっててダダ漏れしてるのかもしれませんねぇ。

なーんてあれこれ考えながら日々つくっております。


思案するには夕暮れあたりのジョギングが最適なのです。

2018年8月23日木曜日

ひとりごと

9月の個展に向けて、今回は絵を描こうかと考えています。

ここ最近は、旋盤でお皿を成形したものに象嵌のように漆を埋め込んだりして絵を描き、
食器として制作はしているのですが、
これは「絵」とも見える木の器。
今回は「器」にもなる絵を描こうかと考えています。

一個人の見解ですが、今は、ものの表現方法やそれをカテゴライズするものが曖昧であまり物質的にジャンル分けするようなことを意味のないものとして捉えられている傾向があり、だからこそ、コンセプチュアルなものを大事にする傾向があるような気がします。
徒弟制度や、地場産業などにも革新的な新しいものを求められるようになり、こうすればああなるという予定調和的なものつくりの時代は過ぎ、個々の考え、より一人一人のものの考え方を、つくるものの背景にのせて、それをも、ものの一つの要素として表現とし、そういうものを乗せて循環させていかないとそのものも循環していかない傾向があるように思えます。

伝えたいものがあるとして、それをどうやって伝えていくか。それも一つの大事な要素だと思いますが、向こうに伝えようとするものが、それを使うお皿として捉えるとき、私の場合は、個人的な思いと同時に多方に向けていこうという意識が起きます。
ものに対価を払って買ってもらう以上、当たり前のことなのですが、それを何枚も何枚もと重ねるうちに、いまのところ全て一人でやっている分、どうも、こう、拙いながらも技術や、小手先のものに走ろうとする感じになるのがよくない。見つけた初めてのよろこびや、発見したときの浮き上がる感じは、その一時しかなく、確実にそれは人に伝わるということはわかってきたのですが、それを数多に続けてやっていこうとするにはあまりに無理があるような気がしてなりません。

作り続けることがなにかずっと加え続けることのような気がして、でも、ものが出来上がる要素として必要なことは必ず引くものだと思っています。加えて加えてたくさんやってきたからいいものが出来上がるとは限らない。加えて引いて、丁度快いところに「表現」というものが見えてきます。でも、引こうと考えて引いた瞬間にそれは意識的に「加える」ということになります。
その矛盾に常に作り手は悩み、苦しむのかもしれない。
誰がどう見ようとかあまり考えず、
また、そんなことを考えながら、絵が描けたらと思います。

あぁ。偉そうに語ったけど、どうなることやらだ。

まずはキャンバスから

ガサゴソと過去のものを探ってたら、
昔描いた絵のようなものを発掘。
ぐるぐる螺旋のようにモノをつくっております。