展示のお知らせ
2025年4月2日水曜日
坂田典子・宮内知子二人展 Jクオリアにて展示します
展示のお知らせ
2025年3月25日火曜日
病気のはなし書いてみてのはなし
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退院してからはスケッチやっぱ全くしないね。 猫。 |
3月20日に、「病気のはなし」として、5ページに渡って、経験談を書きましたが、ほんとにたくさんの方に読んでいただきました。
様々な方からお見舞いのメッセージをいただきました。ありがとうございました。
あと、何人かの近しい方(またはご本人)が似たような症状を抱えて過ごしていたり、さまざまな不具合を抱えながらも生活をしているということを言ってくれたり、みんな、いろいろ抱えながら生き抜いてんだ!とひしひしと感じました。
また、同じ病気の方がお知り合いにいたりして、その方からいろいろなお話を伺うことができました。少し、この病気を柔軟に捉えることができました。
私がこの話を公表するに至ったのは、あまりにもわかりやすいほどの難病に罹ったこと、罹患された大体の方は寛解するという情報もあり、ここまでつまびらかにお知らせできたのだと思います。
病気という話になると、様々な憶測などで、「躊躇されるもの」だったり、「遠慮されるもの」だったりされるのがどうにも私の性に合わないもので、このようなカタチでお知らせしました。
実は、この病気をきっかけに、自分の作品がどのように変わっていくのかも楽しみになっていたりもします。
また、これからも、ちょいちょいこんな話を作品の紹介の合間にブログ内で挟みこんだりするかもしれないので、ご興味ある方は読んでいただけたら嬉しいです。
どうもありがとうございました。
次の展示は、4月16日(水)から、芦屋のJクオリアにて、革作家の坂田典子さんとの2人展になります。
また、詳細は後日お知らせします!
2025年3月20日木曜日
病気のはなし5
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画像は入院中に描いたあれこれでした |
この病気は、
「ほとんど(90%以上)の症例は、適切な治療によって軽快(寛解:炎症が治まった状態)します。」
とあります。
https://www.nanbyou.or.jp/entry/3877
しかし、罹った方の体験談なんか読んでいると、退院後の方が、薬のバランス等々、再燃と軽快を繰り返したり、また症状がぶりかえし、簡単に思わぬ感染症に罹ってしまい、再入院したりとかいう、何年もこの病気に苦しんでいらっしゃる話もありました。
この病気は、大体の方が手足の末梢神経の痺れが後遺症として残ることが多いらしいのですが、私の場合、足の痺れのみがあり、手には及ばなかったのが、不幸中の幸いでした。
わたしは退院して、結果、お尻、足の筋肉も落ち、歩くのもままならず、ヘロヘロで8キロ痩せて帰って来ました。これからリハビリしながらの生活になると思うので、今からが勝負なのかなとも思います。
結果、思いもよらぬ病に突然ぶち当たった訳でしたが、でもこれも、「おそらくはこれからも生きながらえれるぞ!」とわかったから。
これからも、いろんな方にさまざまなご迷惑をおかけするかもしれませんが、どうぞご容赦ください。
また、入院中は、いろんな方にお見舞いや言葉などいただき、とてもチカラになりました。いろんな人に支えられてのわたくしです。
この場を借りて、お礼申し上げます。
ありがとうございました。
闘病生活はこれからも続きますが、
みなさま、末永くどうぞよろしくお願いします。
宮内知子
おわり
病気のはなし4
4人部屋の話
わたしの病気は、入院期間中、とにかく感染症になってはいけないので、その可能性の低いであろう部屋をあてがわれていました。
なのでかわかりませんが、
白内障の手術(1泊)
糖尿病の治療(3拍)
憩室炎の治療(4泊)
目眩症の方(2泊)
婦人科の手術、治療(3泊から1週間)
など、ほんとにさまざまな方々が、入れ替わり立ち替わり入院してから退院していきました。
基本的に入院中はテレビも音楽も、イヤホンで聞き、カーテンでピッチリ仕切られている状況で、他の患者さんとも顔を合わせることもなく、2.5畳くらいの部屋でずっと過ごしています。なので、部屋の中はとても静かです。
まるでわたしはいろんな人の話をカーテン越しに聞いてる牢名主みたいになっていました。
ふーんそうかー退院したところでお家事情も大変なんだなーとか、若いから、退院してもがんばれ!とか、お医者さんが説明してるの傍目で聞きながら、カーテン越しに感想を頭で述べて、耳年増のようになっていました。
あと、この病棟は、産婦人科と一緒になっていて、足慣らしで病棟を歩いてると、「オギャー」だの、まさしく陣痛中の「ひー!わー!痛いー!」だのが聞こえてきます。これだけ入院してると、いろいろなものを見聞きしたりして、やっぱり、ここは非日常なのねと感じます。
最後の時期の4人部屋は、帝王切開を控えた妊婦さんに囲まれて、これから生まれる赤ちゃんの心臓の音なんかも間接的に聞けて、若干幸せな気持ちになったりもしました。
逆に考えると、ずっとここで寝てたり、テレビを見てうふうふ笑ってたり、早朝から鉛筆を擦る音をカサカサいわせてたりしている私は、「この人いったいなんの病気なのだ、ずっとおるけどさー」と思われていたかもしれません。
病気のはなし3
入院中のはなし
結局、入院は、36日間でした。
検査入院からの治療に流れたので、おおよその覚悟はしていたものの、日がな一日を過ごす準備は最低限しかしておらず、すでに治療2日目ほどで、時間を持て余し始めました。
幸いなことに、姉が近くに住んでいて、コピー用紙100枚と2Bの鉛筆を買ってきてもらい、友人から色鉛筆をプレゼントしてもらいました。
なので、暇さえあれば、スケッチをしていました。この病院は、駅前の住宅街の中に、にょきっと建っている立地で、ベッドが4人部屋の窓側だったので、1日の中で変化する煙突の煙、電車、いろんな雲、山、家、駅のホームに立っている人など、スケッチしまくりました。
あと、友達からの「これ描いて」の課題に応えたり褒めてもらったり、ダメ出しされたり。あとは、パズル、小説、少女マンガ、雑誌を端から端まで読みこむ、映画、テレビ、朝活書写、筋トレ、病棟の周りを足慣らしで歩く等々、案外、最後の方は、10分刻みごとに予定がルーティンのようになってて、やらなければいけない用事(ほんとは別にやらなくていい用事だけど)に溢れていました。【※長期入院されるかたに、ノートパソコンを持ち込んで、スマホでミラーリングしたら、テレビでもYoutubeでも延々となんでも見れます。おすすめ(通信料はかかりますが)。備え付けのテレビは、テレビカードという、1枚1000円で20時間見れるというのもありますが、割高なので。】
わたしの入院生活は、たまに点滴や、検査などで体の自由が効かないこともありましたが、基本的には、薬を飲んでご飯を食べて何事もなく一日を過ごすのが目標なので、足の痺れのことを考えなければ、変な宿泊旅行みたいな感じでした。(病院食は美味しかった。これが救いでした。)
(あと、お医者さん、看護師さんはじめ、医療従事者の方たち、皆さん、とても優しくて気持ちのいい方ばかりでした。すごい仕事。それにもとても感謝してます。)
次は、4人部屋のあれこれの話
病気のはなし2
改めてになりますが、私は、EGPA・好酸球性多発血管炎性肉芽腫症(こうさんきゅうせいたはつけっかんえんにくげしゅしょう)という名前の難病指定の病気に罹患しました。(長い。いまだに覚えられない。)
100万人に3人というこの病気、進行の度合いは前述しましたが、昨年12月に受けた、肺がん検診にたまたま引っかからなかったらと思うと、もしかしたら、ラッキーだったのかもしれません。この病気は、身体を守るための好酸球が、なんらかの理由(まだ、解明はできていないみたいです)で、さまざまな血管や神経、臓器等を攻撃する病気です。なので、成人が持つべき好酸球の量が、5%なのに対し、わたしの罹患時には、40%になっていました。
人によって攻撃する場所は様々らしいのですが、私は、足の末梢神経、大腸、肺、心臓に影響が出ました。おそらく、このまま放置していたら、より悪化し、重篤な症状になっていたかもしれません。結果、総合病院でリュウマチ科がある専門医に診てもらえることになりました。
この病気の治療過程は、まず最初に、自分の体重に対して限界値のステロイドを投与して、増えすぎて攻撃している好酸球を抑えていきます。そうして、好酸球が抑えられてきたら、免疫抑制剤などの点滴に置き換えたりして、だんだんと体の中のバランスを取っていくわけですが、ステロイドいうのは、大量に投与すればするほど、様々な副作用をもたらします(不眠、骨粗鬆症、糖尿、コレステロール値の悪化、肥満、顔が浮腫む《ムーンフェイス》等々)。
そして、本来守るための免疫を無くしていく薬なので、何かしらの感染症に罹りやすくなります。なので、病院に入院しつつ、ステロイドとその副作用にまつわる薬を飲みつつ、感染症に注意しながら大人しくじっとしなければなりません。
この病気の最初に出た症状は、足の痺れ、痛みなのですが、入院中、足の痺れに対しての直接的な薬は処方されません。なので、ステロイドの作用を願いながら、なんとなく足の痺れが改善するようただただ期待しながら日々を過ごしていきます。本来の痺れや痛みというのは、本人にしか認識できないことで、その感覚は人それぞれです。病院は、あくまで体の運動機能として診断します。(体に電気を当てて、末梢神経の反応を見る検査をします。ビリビリと痛い。)
長く正座をしたり、押さえつけられた筋肉が痺れてくるようなものは、時間の経過とともに改善されてきますが、この痺れは入院中、ましにはなれど、引いていくことはありませんでした。それでも、「これは私のせいじゃない、病気のせいだー」なんて言い聞かせています。不可抗力で起こった病気は生きている限り病気のせいにします。そうすると、少しは気が楽になります。
ステロイドというのは、副作用も多々ありますが、不思議なもので、基本的に人を(無理やり)元気にさせる薬でもあります。なので、入院中は食事も美味しくいただき、足の痺れ以外は基本健全に過ごせておりました。ただ、不眠の副作用により、夜は目が冴えてほんとに眠れませんでした。入院中は眠剤を処方してもらってギリギリ眠れる生活を送りました。なので、朝方に窓際の風景をスケッチをしたりしていました。
長々と書いてますが、次は入院中のはなし。。
病気のはなし1
ご報告
わたくし、2025.2.10から、検査入院を経て、その結果、指定難病の「好酸球性多発血管炎性肉芽腫症」という病気に罹患しておりました。(略称 EGPAといいます)
いわゆる、膠原病の一種で、鼻炎、喘息などを患っている一部の人に起こる血管炎という病気でした。
症状は、2024年の年末から、右足全体が痺れはじめ、自然に治るであろうと思っていたら、年始から度々の高熱、そののち血便が出て、そうこうしているうちに、右足の先(足の平というんでしょうか)が強く痺れてきて、そしたら、左足の平、ふくらはぎも痺れ、左足首がこらえられなくなり、なんども転んでしまいました。夜は足の激痛で眠れなくなり…というなんとも復号的な症状が出てきたのでした。
はじめは、整形外科、胃腸科と、それぞれの個人病院にかかり、双方の先生から「因果関係なし」と言われていたのですが、このタイミングで、昨年の12月頭に受けた肺がん検診でひっかかり、総合病院で精密検査を受けました。肺のCTを取ると、「間質性肺炎」「鎖骨に血栓」「心臓を覆う水が多い」と、ガンではなかったのだけれど、さまざまな体の異常がみつかりました。
「これは、免疫系の病気かもしれない」と診断され、10日後に検査入院、様々な検査を経て、この病気が判明しました。
2年前から喘息ではあるものの、できるだけ規則正しい生活を努めてきた自分としては、まさに青天の霹靂のような事態でした。
このことをブログに書こうか、悩みもしましたが、ご報告を兼ねて、この経験を記していこうと思うので、みなさま、ご興味のあるかたは、しばし、お付き合いくださいませ。
また、関係各位のかた、まだ、ご連絡していない方もいらっしゃいますが、この場を借りてお知らせいたします。
(長々と書きますので、端折りたいかたは病気のはなし5まですっ飛ばしてください。)
2025年3月3日月曜日
IRISEantique 展示終了しました
イリゼアンティークでの個展が終了いたしました。
在店は叶いませんでしたが、期間中、たくさんの方に来ていただいたと報告を受けました。
素敵なアンティークと共に、わたしの作品もいろいろな方にご覧いただけたようで、大変嬉しく思っています!
どうもありがとうございました!
これからも頑張ります。
次の展示は、4月16日から、芦屋のJクオリアにて、革の坂田典子さんとの2人展になります。
また、追ってお知らせいたします。
2025年2月23日日曜日
イリゼアンティークにて個展始まりました
岐阜、多治見のイリゼアンティークにて、宮内知子 個展《wood works》展がはじまりました。
初日から、めがけて来てくださったかたもいらったしゃったようで。どうもありがとうございます。
展示は3月2日(日)まで、無休で開催しています。
どうぞこの機会にお出かけください。
IRISE antique
多治見市本町6-61-1
tel. 050-1396-9753
mail. iriseantique24@gmail.com
https://www.instagram.com/irise_antique
2025年2月16日日曜日
多治見 IRISE antique にて個展します
IRISE antique
2025年2月9日日曜日
4つのひきだし展終了しました
フィールドノートで行われておりました「4つのひきだし展」2月7日で無事終了しました。
結果わたしは在店が叶いませんでしたが、たくさんの方に来ていただいたようで、どうもありがとうございました。
次は2月22日から、岐阜 多治見のirise antique にて個展があります。
当初より、少し規模縮小しての展示になりますが、お皿等々並びます。どうぞよろしくお願いします。